宇佐神宮 御許山(おもとさん) 大元神社へ参拝

大分県は宇佐市にある大元神社が鎮座する御許山へ行ってきました。

御許山(おもとさん)

宇佐市HPより
宇佐神宮から南6㎞余にそびえるこの山には、山頂に宇佐神宮の奥宮である大元神社が鎮座します。標高は647m。大元山・馬城峰とも称され、神代に比売大神が降臨になった神域とされています。
『宇佐八幡弥勒寺建立縁起』には、「八幡大神は欽明天皇の時代に宇佐の馬城峰に降り立った」と記されており、八幡大神がはじめて姿を現した場所ともされています。
かつては、霊山寺をはじめとする大元六坊と呼ばれる6つの坊寺が置かれ、六郷万山の元山として隆盛を極めました。
東九州自動車道宇佐ICから安心院に抜ける県道658号線をしばらく走り、道路左側にあるカレー屋ポカラの看板が見えたらそこを左折します。
約2㎞ほど上がっていくと「正覚寺参道」登山口が右側にあります。
ペコ
大元神社まではいくつかの参道がありますが、この正覚寺参道が一番距離が短い登山道になります。小学生でも1時間かからないくらいで行くことができます。
参道入り口には竹の杖が置かれていて自由に使う事ができます。この日は必要ないと思い持っていかなかったのですが、後々後悔したので、念の為利用することをおススメします。
スタート!
登り始めは少し急な斜面となります。雨などで湿っていると滑りやすいので気をつけてください。
しばらく行くと歩きやすい道になります。さらに登っていきます。
毒性が強いと言われる「マムシグサ」が多く生えていました。

如来石仏(にょらいせきぶつ)

御許山の正覚寺登山口から大元神社までの道中に祀られた如来坐像は、参拝者の皆様が無事に登山を終え、下山するまでの安全を見守ってくれる仏像です。

石仏の風化が激しいため、彫られた年代や作者は不明ですが、ここ御許山が神仏習合、六郷満山のルーツとして栄えた時代を物語るもので、古代のこの地域の文化が偲ばれます。

龍石(りゅういし)

木の幹や根を龍の手や爪に見立て、石を掴んでいるように見えることから、このように呼ばれます。古代の人々は水が流れる様子を龍の動きに重ね、水神を龍に例えました。

水田に水を貯める手段を雨に頼っていた時代、干ばつは稲作の大敵となり人々を苦しめたことが想像できます。古代の人々の思いを今に伝えるものです。

神籠石(かみごもりいし)

かつて、御許山霊仙寺が置かれていた時代、この岩に僧侶が座り祈りを捧げた、御許山を訪れる僧侶たちを出迎えるために神々がこの岩に集まった、という伝説があります。神聖な場所です。

ところどころに大元神社まで〇〇mの看板があります。

この看板が見えてしばらく行くと・・・

宇佐神宮方面からの登山道と合流する場所があります。ここを左に曲がります。

全部の登山道が合流する平坦地からは石畳の道になっています。

大元神社

大元神社の境内です。中央に御神木、奥に社殿が建ちます。台風の強い風で幹が途中から折れてしまっています。

宇佐市HPより
八幡大神が小倉山に鎮座される前の霊行の場所であるので大元神社という。御祭神は比売大神(三女神)で、三体の巨石が御神体として祀られる神籬(神霊が宿る依り代)の山である。拝殿のみで本殿はなく、拝殿の前には鳥居があり、そこから先は禁足地で宇佐神宮「奥宮」としての霊地である。
毎年、4月29日には山開きを兼ねた「大元神社例祭」が催され多くの参拝客で賑わう。
10年に一度行われる六郷満山峰入りは、この大元神社に行者達が集まり、前行として「護摩の儀式」を行うことからはじまる。
入り口から中を覗くと、奥に鳥居が立ち、「奥宮」という額がかかっています。
拝殿の横から奥に回ってみると、石灯籠が立ち、鳥居の柱の間には鉄線が巡らされていました。これより先は禁足地です。

大元八坂神社

境内には、大元神社の拝殿と向かい合うようにして大元八坂神社も鎮座します。
そして帰路へ。延命水とよばれる霊水です。
なんとも表現し難い雰囲気をもつ、心が洗われるような、また何度でも訪れたくなる、大元神社でした。

大元神社遥排所

宇佐神宮の上宮には大元神社遥拝所があります。

宇佐神宮にある夫婦岩。みつけてみてください。